根性測定(何)

小学校の音楽の授業で楽器教育としてリコーダーを使うのはなぜか?理由はいろいろあるだろう。まさか学生全員にハープを購入させるわけにもいかない。そういう値段の問題もあるが、一番大きいのは簡単な曲が吹けるようになるまでの敷居が低いことだろう。敷居が低ければちょっとの努力で吹けるようになり、簡単なのでも吹けるようになると楽しくなってくるので次の敷居が多少高くても越えやすい。もし授業の目的が楽器の楽しさを感じさせることなら多くの学生が達成しうるのではないだろうか?もし敷居の高い楽器を選んだらどうなるだろうか?例えばヴァイオリンは非常に敷居が高い楽器だろう。簡単な曲を弾くだけでも1日やそこいらではそうそうできない。しかも単発でなくマトモに弾けるようにしようと思うと曲どころか音階すら1ヶ月ぐらいはやらないで単純に音を出す練習だけを繰り返す。そして音階練習等を積んでようやく簡単な曲に辿り着ける。こんな楽器を小学校の音楽の授業でやらせたらどうなるか?おそらくは殆どの学生が音楽が嫌になるだろう。(ちなみに誤解があるといけないのでフォローしておくが、敷居の高さと楽器の優劣は関係はありません。)
さて、これは一般的になにか体得することの全てに言える事だろう。かならず敷居というのが存在する。途中の敷居はともかく、重要になってくるのは最初の敷居。楽器ならば簡単な曲が弾けるまでといったところだろうか?それ以降もいろいろ敷居はあるだろうけどとりあえずそこはおいておく。この敷居を越えられるかどうかというのはいろいろ要因がある。まずは本人の情熱だ。やりたいという気持ちが強ければ敷居が高くともそもそも高いと感じない。次に根性。壁を越えるのはやはり大変でそれにへこたれないことが重要。あとは才能。全く同じ努力でも個人差があり、才能のある人ならやすやすと敷居を越えてしまう。あと、これはちょっと番外的だが、教育環境というのがある。これは、敷居を越える手伝いをしてくれる教師や、一緒に敷居を登っている仲間の存在等。はたまた、敷居の向こうに賞金があったり、逆にこちら側に尻をたたく教育ママがいたり等、体得の魅力以外の何かがある場合等。とまあこんなところだろう。
番外的な部分を取っ払って考えてみよう。これはつまり、本人がとにかくやりたいという気持ちだけで、独学でマスターしようといった場合である。これで敷居を越えられなかった場合、どうなのだろうか?敷居を越える要因は、情熱、根性、才能があり、どれが足りなかったのかはわからない。だが、後々の敷居ならともかく、最初の敷居においては才能はあまり関与しないので、情熱と根性のどちらかに絞れる。この2つを見比べるにはどうしたらいいか?一番簡単なのは他のなにかを独学させればよい。根性というのは分野によらないが情熱はあたりまえだが分野による。そのあたりで連立方程式を立ててやればその人の根性が大体わかる。
というわけで簡易的な根性測定方法を提示したが実際には番外的部分がしょっちゅう入ってくるのでなかなか簡単にはわからないが、それでも大分は分かるのではないでしょうか?いろいろな情熱が高い割りに体得している内容が初期敷居の低いものばかりだと根性が低い可能性が高いとか、体得している内容が初期敷居によらないと根性がある可能性が高いとか。